【大阪】オープンダイアローグやユマニチュードを導入、患者中心の医療を展開‐三木康彰・南港病院理事長らに聞く ◆Vol.1

2021年5月20日
南港病院理事長院長・三木康彰
南港病院理事長院長・三木康彰氏

三木理事長は、お父さまが設立された外科病院の診療科目を拡充し、介護や教育部門にまでその事業を拡大してこられました。

三木 学生時代に友人が統合失調症を発症し退学したこともあり、精神科にも興味がありましたが、手先が器用だったことから外科医を志し、大学や病院関連に勤務した後の1998年、父が設立した南港病院に40歳で入職しました。しかし、民間の地域病院ではチームを必要とする外科手術の件数は少なく、それ以外の仕事を求められました。大病院の外科で働いていたころは認知症があると手術の対象外となることが多く、認知症の人と接する機会はなかったのですが、地域病院である当院には高齢者が多く受診されていました。入院されても、認知症への理解が乏しく、もっと個人の尊厳や多様性を尊重した医療や介護が必要だと考えるようになったことをきっかけに、認知症患者のグループホームを中心とした社会福祉法人を設立したのです。この病院に必要なのは、がんなどの外科手術よりも高齢者ケアだと思ったのです。

三木理事長が、医療や介護に取り入れているオープンダイアローグという手法について教えてください。

三木 オープンダイアローグとは、本人や家族など当事者を含めたミーティングを開くという心理療法手法です。私が重視しているのは、オープンダイアローグで行う本人を含めた対話です。昔はがん告知をしていなかったこともありましたが、医療や介護の現場では、今でも本人のいないところで方針を決めてしまいがちです。現在も心の病気や認知症患者の思いを聞かずに、医療者や家族の思いだけで治療やケア(生活)の方針を決めてしまうようなことがありますが、オープンダイアローグでは本人をケアチームの一員として必ず参加してもらうことが原則です。

本人がいることでお互いが話しづらいとか、時間がかかりすぎるということはないのでしょうか。

三木 認知症の当事者の人にも「他になにかおつらいことはありませんか」と尋ねるなどして参加していただくように、こちらからアプローチします。話を途中で遮らなければ、話せるものです。意外と時間もかかりません。オープンダイアローグによって、「娘が私のことをひどく叱るのがつらかった」など、家族も実は本人の思いを初めて聞けることもよくあります。家族は叱っているつもりはなくても本人にとってはつらく、それがきっかけで鬱になったり、何かしたら怒られるから何もできなくなっていたり……など、困っていることを引き出すことができるのです。本人に良かれと思ってやってきたことが、実は本人にとっては望むところではなく、家族の空回りだったり、思い違いだったりすることがあるのです。

オープンダイアローグを導入した背景を教えてください。

三木 医療や介護の目的はその人を幸せにすることです。しかし油断すると、自分たちの都合で物を考えてしまう。何時までに入浴させないといけないから工夫しようなど、自分たちが仕事をこなすための工夫をしてしまいがちなのです。

身体拘束をする場合も、強制的にするのではなく、本人を交えて話をして意思を確認することが必要です。いつも主役は本人であり、その思いをサポートするのが私たちの仕事ですが、意外とそれができていません。

三木理事長が対話を重視されるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

三木 私は現在、心療内科の外来をしていますが、乳腺外来やがん検診もしています。外科医をしていた10年ほど前、乳がん患者さんが自殺したことがありました。私としては、「一緒に治療を頑張っていきましょう」との思いでがん告知したのですが、コミュニケーションや告知後の心のケアの大切さを強く感じました。眠れない、不安だ、つらいなどと感じている患者さんに対してどう接すれば良かったのか、外科医も告知をする以上は、心の勉強をしないといけないと思い、毎週月曜の勤務を終えた夜、日本メンタルヘルス協会という民間カウンセラーの夜間学校に1年間通って勉強しました。

ユマニチュードについても教えてください。

三木 ユマニチュードは、一言で言うと、人間として接することで優しさを伝えるためのケア技法だと思います。ケアする人の全ての行動にはコミュニケーションのメッセージが含まれていると医療者が自覚し、こちらの優しさを伝えることで、相手の感情に働きかけます。院内では緩和ケア研修会などでとりあげてきましたが、実際に学会の施設会員となって院内研修を行うようになったのは、この2年くらいのことです。

佐原弘美看護師長は、日本ユマニチュード学会の研修を受けて院内にユマニチュードを広めるべく、講習を行っておられるそうですね。

ユマニチュード講習の様子

佐原 院長が主催した緩和ケア研修会でナラティブケアやユマニチュードを知り、とても興味を持ったので、大阪で開かれる研修会に参加しましたが、目からウロコでした。それまでは認知症の人を病の人と見ていましたが、病の人ではなく人であると学びました。それまでは自分たち中心の動き方をしていたと気づかされ、本人を中心とした看護や介護をしなくてはいけないと考えさせられました。

研修では、関わり方や触れ方の実習も行いますが、インストラクターが私の身体を触るときの、何とも言えない心地よさに驚きました。私たちがするのとは違う安心感が伝わってくるのです。看護師はつい口でしゃべるばかりになりがちですが、手のぬくもりや触れることの大切さを当院のみんなにも学んでほしいと、院内で講習や実習を行ったり、毎週発行される職員への院内広報新聞に、「ユマニチュード推進室」からの投稿をしたりするようになりました。

院内講習を受けて、藤川幸看護師や田貝泉栄養科科長はどのように変わりましたか。

藤川 認知症を個性として捉えられるようになったように思います。自分や家族もこうなるのだと受け入れられるようになり、この方は若いときどうだったんだろう?などと興味が持てるようになりました。以前は、患者さんが思うように動いてくれないことがあると、もっとこうしてくれたらなどと思うことがありましたが、今は、ユマニチュードを通して、自分の関わり方を振り返ることができるようになりました。

ユマニチュード実践の様子

田貝 ユマニチュードには、「患者さんの視野の中に入る」など具体的な技術があります。学んだことを現場で使うと、それまで怒っていた患者さんが優しくなられたりする効果を実感できます。ですから、みんなその技術を身につけたいと喜んで講習に参加しています。

理事長からは、「専門外のことにも踏み込め」とよく言われています。院外での活動で、地域の子育て支援なども始めようとしています。また、入院患者の栄養管理計画を作るのですが、そのヒアリング時にも、「食べ物のことばかりでなく、その人の生きがいとか、何をしているときが幸せなのかそれを聞きなさい」と言われます。実際、それを聞くと話が深まるんです。「その人の立場になって支える」「病人としてではなく、どういった生き方をしてきた人なのかを考えろ」というのが理事長の口癖ですね。

介護現場のリーダーである矢部賢太さんは、オープンダイアローグやユマニチュードを取り入れた医療・介護の在り方をどう感じていますか。

(左から) 田貝泉氏、矢部賢太氏、
佐原弘美氏、藤川幸氏

矢部 私は高齢者グループホーム「しらなみ」が開業する2002年に新卒で入職しました。介護は「入所したらこんなルールがあります」と、利用者さんに我慢をしてもらわなければならないものだと学校で学んでいたので、理事長の「外に行きたければ行けばいいし、お酒を飲みたかったら飲めばいいじゃないか」という言葉は衝撃でした。利用者さんの思いを実現するための後押しももらえたので、自分の考え方が変わってきたと思います。利用者さんの希望をかなえることで、利用者さんは穏やかに落ち着いていかれます。今は、我慢をお願いすることがいろいろなトラブルなどを引き起こすのではないかと考えています。この試みは、何度かテレビでも取りあげられて放送されています。

私たちの特養やグループホームでは、2年前からコンパニオンアニマルとして1匹の犬と4匹の猫を飼い始めました。当初は衛生面や利用者さんへのけがの心配から反対の声もありました。しかし始めてみると、利用者さんがとても穏やかになったり、ほぼ寝たきりだった人が、「ワンちゃんのお世話をしなければ」とベッドから車椅子に移ったり、居眠りばかりしていた人が起きていられるようになって、夜の安眠にもつながりました。これもオープンダイアローグの対話やユマニチュードの優しさを取り入れた成果だと思っています

◆三木 康彰(みき・やすあき)氏

1984年川崎医科大学卒業。大阪大学医学部第一外科に入局し、はびきの医療センター(旧大阪府立羽曳野病院)外科、大阪病院(旧大阪厚生年金病院)外科、大阪大学第一外科教室勤務を経て、日生病院、東大阪市民病院外科、紀南病院(旧社会保険紀南綜合病院)外科医長を務める。1998年南港病院外科に入職。2005年同病院院長に就任。日本外科学会指導医、日本乳癌学会認定医、日本麻酔科学会認定医、日本医師会認定産業医、日本心療内科認定医、大阪大学医学博士、アンガーマネージメントファシリテーター、日本小児科医会「子どもの心相談医」など。

【取材・文=前田真理(写真は病院提供)】

出典元 m3.com

URL:https://www.m3.com/

記事URL:https://www.m3.com/login?origURL=https://www.m3.com/news/kisokoza/896143


一覧へ戻る